仮想現実の世界から理想の女が現れた時
「秘書か。
意外に多才だな。」

「いえ、就職活動で資格の欄を埋めたかった
だけです。
秘書検定は2級までは一般常識だけで受かる
ので。」

「いや、今は一般常識がない奴が多いから、
それが出来るだけでも助かる。
今日は、聞いててどうだった?」

「佐藤部長の食いつき方が半端ないと
思いました。
価格を気にするという事は、価格の折り合いが
つけば欲しいという事だと思うので。」

へぇ…
そこに気づけるのもすごいな。

「よく見てたな。
じゃあ、そこへ持っていくための方法を
これから覚えるんだ。
俺が今やった事を瀬名ができるようにするん
だからな。」

「はい。」

瀬名は前のめりに頷く。

こいつ、ほんとに素直だな。

そんな事を思ってたら、不意に思い出したように聞いてきた。

「そういえば、部長の名刺、役職が入って
ませんでしたけど、印刷ミスですか?」

「いや、2種類あるんだ。」

俺は、役職付きの名刺と、まるでヒラ社員のような名刺を並べて見せた。

「部長が営業に来たら、客は、絶対なんか
買わされると思ってガチガチに警戒するだろ?
だから、普段は肩書きは言わずに営業するん
だ。
逆に、謝罪は、ヒラ社員が謝るより、上役が
謝った方が効果があるから、役職付きの名刺を
出す。
時と場所によって使い分けてるんだ。」

「へぇー
名刺1つでもいろいろ工夫があるんですね。
私も部長の名刺、欲しいです。」

「は?
同じ会社の奴から名刺もらっても意味ない
だろ?」

何、考えてるんだ?

「私の営業への異動の記念に。
ダメですか?」

いや、こいつは何も考えてないな。

どう見ても打算ではないその表情に、笑みがこぼれる。

「別にダメじゃない。
ほら。」

俺は2種類の名刺を差し出した。

たかが名刺を渡しただけで、こんなに暖かい気持ちになったのは、初めてかもしれない。

< 37 / 227 >

この作品をシェア

pagetop