ラブパッション
「覚えてる?」


私の目の前で両足を揃えて止まると、玲子さんはサッと髪を掻き上げた。


「……玲子さん」


短い問いかけに硬い呼びかけで返し、私は深々と頭を下げた。
無言で顔を上げると、菊乃がきょとんとして、私と玲子さんを交互に見遣っている。


「夏帆。知り合い?」


彼女が私にコソッと耳打ちするのを拾ったのか、玲子さんは唇に薄い笑みを浮かべた。


「あなたも、椎葉さんと同じグループの人? 私、周防優の妻です」

「えっ!? 周防さんの!?」


菊乃は、ギョッとしたように、素っ頓狂な声をあげた。


「は、初めまして! 小倉です」


勢いよく頭を下げてから、再び私に探るような目を向けてくる。
きっと、『どうして夏帆が周防さんの奥様と知り合いなの?』と、興味津々なんだろう。
でも、この場で上手く説明できる自信がなく、私は菊乃の視線から逃げ、思い切って玲子さんに顔を向けた。


「あの……周防さんに、ご用ですか?」


微妙に伏し目がちに訊ねる。
「そうなんだけど」と、玲子さんが肘を抱えて溜め息をつく。


「会議中とかで。いつまでかかるかしら」


その言葉から、彼女が待つつもりだと察したのだろう。
菊乃が、私の肩をポンと叩いた。
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