ラブパッション
「夏帆。私一人で行くから、お相手して差し上げなよ」


コソッと言われて、私は焦って彼女を振り返った。


「え、菊乃。そんな……」


呼び止めようとする私には目もくれず、彼女は玲子さんに軽く会釈をした。
そして、正面玄関の方に、小走りで行ってしまう。


「あ……ちょっ……!」

「置いてかれちゃったわね」


呆然とする私を前に、玲子さんは口元に手を遣り、クスクスと笑い出した。


「外食ランチの約束でもしてたのかしら?」

「は、はい……」

「そう。声かけたりして、悪いことしちゃったわね」


そう言われて、私は小さく肩を竦めた。
もともと、私が玲子さんに気付いて見入ってしまったせいだ。
彼女は優雅な仕草でブラウスの袖を摘まみ、手首に嵌めた高価なブランド時計に目を落としている。


「そうね。よければ、私と一緒に行かない?」

「え……?」


サラッと誘われ、私は一瞬警戒心を強めてしまった。


「お昼時だし、戻ってくる頃には優の会議も終わるでしょ。待ってて。受付に、伝言お願いしてくるから」

「え。あのっ……」


玲子さんは強引に決断を下し、私に踵を返して再び総合受付のカウンターに歩いて行った。
< 136 / 250 >

この作品をシェア

pagetop