ラブパッション
「優にも、用はちゃんとあるのよ。急だけど、今夜から大阪出張が決まったの。一週間ほど留守にするから」


取ってつけた言い方に、優さんも眉根を寄せる。


「君らしくもない。そんなことを言うためだけに、わざわざオフィスまで訪ねてきたというのか」


わかりやすい皮肉を憚らない優さんに、玲子さんはフフッと笑ってフォークを置くと、静かに立ち上がった。


「明彦に注意されたの。旦那に所在くらいは知らせておけって」

「……瀬名も一緒か?」


優さんは彼女を見据えたまま、探るような声色で訊ねる。


「ええ。彼が担当してる大阪のご夫婦がクライアントだから」


玲子さんはバッグを持ち上げ、一歩前に踏み出した。


「じゃ、椎葉さん。突然付き合わせて悪かったけど、話せて楽しかったわ」


彼女は私の肩にポンと手をのせ、無言で睨む優さんには余裕たっぷりに微笑みかけて、カフェの出口に向かって行った。
店員が、「ありがとうございました」と送り出すのを、私は背中で聞いていた。
もちろん食欲なんか全然なくて、お皿の上のフォークを再び手に取る気にはなれない。


「……夏帆。行こう」


優さんが短く私を促す。
私は無意識のまま従って、ノロノロと腰を上げた。
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