ラブパッション
「ゆ、たかさん」


私は、彼のスーツの裾を握る手に、無意識にギュッと力を込めた。


「どうして、そんな平気な顔するの?」


彼をまっすぐ見つめていたら、まるで縋るような訊ね方になった。
奥様に裏切られていることを知っていて、どうしてそんな、他人事みたいに言えるの――?
顎を引いて私を見下ろしている優さんが、唇を引き結んで、ピクリと眉尻を上げる。


「優さんは……玲子さんのこと、愛してるんじゃないの……?」


気持ちは逸るのに、私が続けた質問はやけにたどたどしかった。
優さんは私から目を逸らさず、ただその黒い瞳を揺らす。


「ごめん」


彼は短い謝罪を私に告げて、私の手を自分のスーツから離させた。
そのまま、くるりと背を向けてしまう。


「君に、誤魔化すつもりはない。でも、今は」


優さんは素っ気なく言って、オフィスビルに向けて歩き出した。
彼が残した微かな風が、頬を掠めるのを感じながら、遠退いていく広い背中を見送りかけて……。


「は、い」


わからないことだらけで、頭の中は混沌としている。
でも今は、大人しく頷いて、オフィスに戻るしかない。
私は気もそぞろのまま、小走りして彼の後を追った。
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