ラブパッション
課長だけじゃなく、グループの他のみんなも、私を不思議そうに眺めている。
私はハッと我に返って、無駄に背筋を伸ばした。


「す、すみません! 椎葉夏帆です。こちらこそ、よろしくお願いします」


声がひっくり返りそうになったけど、私はなんとか挨拶を返した。
なのに、長瀬さんが、冷やかし交じりに横目を向けてくる。


「あれあれ? 椎葉さん、今周防さんに見惚れてなかった?」


そんな言葉のせいで、私に向けられる女性たちの目に、一気に鋭さが増した。


「そ、そんなことありません」


慌てて否定して顔を背ける。
課長が、まあまあ、と苦笑した。


「椎葉さんには、早く仕事覚えて戦力になってもらいたいから。周防君、厳しくも温かい指導を頼むよ」

「承知しました」


淡々とした声で返すのを聞きながら、私はもう一度彼を窺い見た。


癖のない髪はすっきりとセットされていて、前髪も目元にかかっていない。
私が覚えているのは、実年齢を判断できない、幼くあどけない寝顔だけ。
隣で飲んでいた時がどんなだったか、思い出せないけど――。


似てる。怖いくらい。
昨日の朝目覚めた時、隣で眠っていた人。
東京に来たばかりの私が、一夜を共にしてしまった、名前も知らない人に。


でも、まさか。
こんな偶然があるわけない。
私は、自分の直感を否定しようとした。
< 16 / 250 >

この作品をシェア

pagetop