ラブパッション
でも結局雨がやむことはなく、私は諦めて残業を切り上げ、オフィスを飛び出した。
降り始めから弱まらない雨脚。
バシャバシャと水溜まりを踏みながらでは、駅まで一気に走れない。
私は、何棟か先のビルの玄関ポーチに、雨宿りに駆け込んだ。
上がった息を整えようと、大きく胸を広げて深呼吸した時。


「あれ。夏帆ちゃん。久しぶりだね」


まさにそのビルから、瀬名さんが出てきた。
背後から声をかけられ、一瞬素でキョトンとした後、


「あっ……!」


私は上擦った声をあげ、思わずにじり寄ってしまった。
彼の方は、私の反応が予想外だったのか、結構わかりやすく怯み、一歩後ずさった。
でも、すぐに気を取り直したようにニッコリと笑いかけてくる。


「夏帆ちゃん、ずぶ濡れだね。傘、持ってないの?」


私は素直に頷いた。
瀬名さんは、左腕に大きな黒い傘を引っかけている。


「この季節に、ドジだなあ」

「あ、あの」


会って話がしたい、と思っていた人との遭遇に気が逸り、ほとんど無意識に彼の方に一歩踏み出した。
瀬名さんは、私が『傘に入れてほしい』と勘違いしたようで。


「駅までどうぞ?」


やっぱりどこかチャラい仕草で傘を掲げ、小首を傾げる。
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