ラブパッション
私は唇を引き結び、首を横に振った。


「いえ、違うんです。あの」

「? 夏帆ちゃん?」


瀬名さんは、胸元の私を、顎を引いて見下ろしている。
私はゴクッと喉を鳴らしてから、思い切って大きく彼を仰ぎ見た。


「私、瀬名さんと話したいことがあって。少しでいいので、お時間いただけませんか」

「え?」


私の突然の『お誘い』に、彼は何度か瞬きを返してきた。
だけど、この偶然を待ち望んでいた私は、きっと悲壮感が漂うほど、思い詰めた顔をしていたんだろう。


瀬名さんは、男らしい喉仏を一度上下させてから、


「ま、そんなに濡れたまま帰宅ラッシュの電車に乗ったら、迷惑になるか」


バチッとウィンクをしながら、常識的な指摘を繰り出す。
そう言われて、私は改めて自分の姿を見下ろして確認した。


髪はぐっしょり濡れて、頬にペッタリと貼りついてしまっている。
カットソーのヒラヒラしたフリルの袖も、じっとりと肩にまとわりついて、そこがとても冷たく感じる。
無意識に二の腕を摩った私の前で、瀬名さんがポンと手を打った。


「夏帆ちゃんの服が乾くまで、ちょっと行こうか?」


彼は私に、『軽く一杯』という仕草を見せた。
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