ラブパッション
うるさい、と睨まれ、私と小倉さんは顔を見合わせて肩を竦めた。
そして、クスッと笑う。


「ね、私のことは、菊乃って呼んでね? あ、私も夏帆って呼んでいい?」


さっき、早速そう呼びかけてくれた小倉さんが、改まったように訊ねてくる。


「うん、もちろん。菊乃、ね」


エレベーターホールで笹谷君に追いつき、到着した箱に三人で乗り込んだ。
ちょうどお昼時、ビルの最上階にある社食に向かう人で、ぎゅうぎゅうだ。
朝の満員電車を彷彿とさせる。


ようやく社食フロアに着くと、なんとなく「ふうっ」と声に出して息を吐いた。
そんな私を、笹谷君が見下ろしてくる。


「椎葉さん、東京どころか、一人暮らしも初めてだって? 生活激変だな」


それには、「うん」と苦笑を返す。


「激変も激変。なんか時間の流れが速いし、人の多さにほんとびっくり」


私の返事に、笹谷君も「はは」と乾いた笑い声を漏らした。


「それは、東京にいる限り、どこに行ってもそうだから。まず、倣うより慣れろ」

「え?」


彼は「ほら」と顎先を上げて、私の視線をその方向に誘導する。
テーブル席がいくつも並ぶ社食フロアが目に映り、私はひくっと頬を引き攣らせた。
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