ラブパッション
「一時間前には会場入りできるはずだったのに。俺まで支度急ぐ羽目になった」


なんだか偉そうにふんぞり返ってボヤくのを聞いて、私はムッと唇を尖らせた。


「……それ、誰のせいだと」

「なにか言った?」


今度はネクタイを直しながら、彼がチラリと視線を流してくる。
こちらに向けられるその目が、やや意地悪に細められ、私は慌ててブンブンと首を横に振った。


「な、なんでもないです」


肩を縮めて呟くと、「そ?」と軽い調子の声が返ってきた。
はっきり言えるわけがない。
昨夜、私は今日の予定を気にして、早めに寝ようと思ってたのに。
寝坊したのは、優さんが寝かせてくれなかったからだ、なんて。


それなのに、文句と同時に思い出してしまう、昨日の濃密で甘い夜――。
思わずボッと頬を染めてしまった私に、優さんが「そろそろ行こう」と声をかけてきた。


「う、は、はい」


頬に手を当てながら、口をへの字に曲げて返事をすると、廊下を先に立って歩く優さんが、肩越しに私を見下ろした。
そして、肩を揺らしてクックッと小気味よく笑う。


「な~んか、言いたいことありそうだけど」


わざわざ、といった感じで背を屈めて顔を覗き込んでくる。
私は反射的にビクッとして、慌てて背を仰け反らせて逃げた。
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