ラブパッション
「な、なんにもないです! ほら、早く行かないと」


私がなにを言いたいか、絶対わかってるくせに。
こうやって惚ける優さんが、憎らしい。
頬がさらに熱くなるのを感じながら、私は彼の背中を両手でグイグイと押した。


「はいはい。……あ、夏帆」


玄関で靴に足の爪先を突っ込みながら、優さんが振り返る。


「はい?」


伏せていた顔を上げると、ふっと影が降ってきた。
と同時に、唇にキスが落ちてくる。


「っ!」


出掛けのキスは不意打ちで、私は思わず目を丸くしてしまった。
なのに優さんは余裕綽々で、ニッコリと微笑む。


「起きぬけバタバタして、おはようのキス、しそびれた」

「~~!!」


彼と想いが通じ合ってから半年。
週末は、いつもこうして、優さんのマンションで過ごしている。


幸せな気分で一つになった後、一緒に迎える朝――。
夜を思い出すと、ちょっと恥ずかしさもあって、なんとなくいつも甘えてじゃれていたら、『おはよう』のキスがいつの間にか習慣化していた。
完全に惚気から醒め、我を取り戻して出かけるタイミングでされると、どうにも照れ臭くてこそばゆい。


「も、もう! 優さん、行きましょ! 玲子さんと瀬名さんに挨拶する時間、なくなっちゃう!」


私は茹で上がるように真っ赤に染まった顔を伏せて隠しながら、優さんの横を擦り抜け、先に通路に出た。
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