おてんば姫の手なずけ方~侯爵の手中にはまりました~
「絶対に俺の体から手を離すんじゃないぞ!
あと、絶対に口を開くな、舌をかみ切る恐れがある」

エリックはそれだけリンネに伝えると再び手綱を握ることに集中した。
声を出すなと言われたので、リンネはぎゅっとエリックのことを抱きしめると自分の目をきつく閉じた。


馬の制御は一向にできず、徐々に手綱を握るエリックの手も限界に近づいていた。それでも絶対に手綱を離さなかったのは、端によけているアッサム地域の住民たちを巻き込まないため、何よりも後ろで自分のことを信じているリンネにけがをさせないためであった。

しかし、手綱を握っている手に力を入れることはもう無理だった。最初に左手が手綱から離れた。両手で制御できないのに片手で暴れ馬を制御できるはずもなく、エリックの頑張りもむなしくついに両手が手綱から離れてしまった。
完全に自由になった馬は、自分の顔を左右に強く振りながら走り続けた。顔を激しく振ることによって馬の体も大きく左右に揺れ、落馬も時間の問題であった。

「すまない、もう無理だ」

最後にそうリンネに告げると、ふたりは暴れ馬の背から振り落とされた。
走っている、しかも制御できないほどに暴れている馬から振り落とされるということは、最悪の場合死が待っているということである。
リンネは最悪の事態を考えたのだが、実際にはそのようなことはなかった。落馬したときに強い衝撃を受けたものの、死ぬほど痛いというほどではなかった。

閉じていた目を恐る恐る開けると最初に視界に入ったものは、自分の下敷きになっているエリックの姿だった。
リンネはまだ痛む自分の体に力を入れると、ゆっくりとエリックの上からどいた。まだ普通に座ることができなかったので、エリックの横に寝転ぶような状態になってしまったが、それでもエリックに声をかけることだけは忘れなかった。

「エ、エリック…
だい、、じょうぶ、、?

はやく、めをあけて……」

本当は今すぐにでも近寄って目を開けないエリックのことを無事か確認したいのだったが、それをすることは体が許さなかった。唯一確認できたのは息をしているということだけだった。体は動かないけれど、目線だけでそれは確認することができた。
エリックが生きているということを確認できたリンネは安心したのか、そのまま意識を失ってしまった。
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