君の匂いを抱いて祈った。―「君が幸せでありますように」―

「…………」


「茜」


 そのとき、本当に小さく、それでも確かにおれの名を、茜が呼んだ。

 その声は、今にも消えてなくなってしまいそうで、気がついたら、おれは茜、と強く叫んでいた。

 叫んでしまってから、やってしまった、と後悔する。
 茜は、声を荒げられることを、ひどく嫌う。
 
 特に精神的に弱っているときは。分かっていたはずなのに。


 おれは茜に気付かれないようにそっと息を吐いて、柔らかい声に切り替えた。

 茜が好きだという、おれの穏やかなしゃべり方に。


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