君の匂いを抱いて祈った。―「君が幸せでありますように」―
その返事終る前に、茜は俺の右手をそのまま掴んだまま、がたんと椅子から立ち上がってほんの少しざわめいていた視線を全くかいせず、廊下へと出ていくから。手を握られたままのおれも自然その後をついていく。
どこの教室もホームルーム中なのだろう、人気のない廊下を歩いて、辿り着いたのはこの校舎の端っこにある手洗い場だった。
「別にたいしたことなかったのに」
「んだよ、そういう小さな傷からばい菌が入ったらよくないんだろ? 俺が切ったら、いっつもそう、そう言うじゃん」
ふてくされたように言いながら、茜は蛇口をひねって、おれの手を水道水にさらした。
その指先に感じる冷たさだけがまるで異次元のようで、おれは小さく笑った。
そんなおれを茜はいぶかしげに見あげていたけれど。