君の匂いを抱いて祈った。―「君が幸せでありますように」―
はぁっとそれ以上の言葉を告げなかったのか、茜はせわしなく息を吐いた。すぐ治まるかと思っていたそれは、いっそう激しさを見せ、茜の細い身体が崩れるように前のめりになる。
それを見て、固まっていたおれの脚は勝手に茜の元へと動き出す。それにつられたようにタケの茜を呼ぶ声が聞こえた。
茜の呼吸は治まる気配を見せなくて、もしかして過呼吸の発作を起しかけているのかもしれないと思い当たる。
昔、今よりももっと茜が不安定で、傷がさらけ出されていた頃、茜は今みたいな発作を何度か起しかけたことがあるのを、おれは知ってる。
おれと茜の間には、ひとつのタブーがあった。
どちらが言い出したわけでもないのだけれど、いつの間にか。そう、隣にい続けた長い年月の間でつみ重なり合ってきた秘密だ。
茜を、女の子だとおれが思わないこと。
女の子であったと言うことを思い出さないこと。
たぶん。それを犯したときに、おれたちの交わりが変わることを、おれたちはどちらも恐れ続けていた。