約束のエンゲージリング
いくら孝兄から温泉旅館を譲って貰ったからと言って私と行かなくてもいい筈なのに、そういう所は本当に律儀な人だ。
これが彼に振られる前の話なら、飛び上がっていただろうけど素直には喜べなかった。
ようやく前のような生活に戻りつつあったのに、彼と仕事以外で一泊二日も共に過ごしたら気持ちが再燃し兼ねない。
第一、泊まりがけの旅行自体も私の高校卒業祝いに孝兄と沙羅姉とマサさんと4人で行った以来で彼と2人きりだなんて初めての事だ。
でも何とも思って無さそうにサラッと言われた所を見る限り、これと言って彼は私と2人きりで泊りがけという事を対して気にしてなさそうだった。
彼の中では最初から〝妹〟で告白されたからといってそれが覆る訳ではない。
もう終わった恋なのに、あまりにも平然と誘われれば悪足掻きをして見たくなる。
一度でいいから女として見られたいと。
欲望が膨れ上がる。
絶対に見せる展開なんてある訳ないのに可愛い下着を新調してみたり、誕生日の日に少し動揺してくれた大人っぽい洋服を買ってみたりと色々と準備をした。
結局、1人空回りして何事もなく楽しいだけの旅行で終わるんだろうなとバッグを見つめながら苦笑いした。