約束のエンゲージリング
「は?お前、さっきまで元気そうだっただろ。訳わかんない事言ってないで行くぞ。あんまり遅くなると沙羅が心配する。」
「だから今日は行かないってば、、!本当にさっきから痛頭がしてて、喉も痛いの。多風邪だと思うから沙羅姉と由羅ちゃんに移したら駄目でしょ?鍵は孝兄が戸締りしたらそのまま預かっておいてっ!じ、じゃあ私行くね!!」
兄の返事を待たずに彼の部屋を飛び出した。
きっともう二度とくる事ない部屋に途中一度だけ振り返り心の中で別れを告げてまた走り続けた。
比較的近くにある筈のアパートだったが、社会人になってこんなに全速で走ったのは初めてで着く頃には完全に息が上がっていた。
アパートに着くなり、ベットの淵に座る。
一度大きく深呼吸してからポケットに忍ばせていたリングケースを取り出す。
そして蓋をそっと開ける。
キラキラと眩い光を放つエンゲージリングは、その役割を今か今かと待っているように見えて思わず蓋を閉めた。
リングの内側に刻まれた文字。
沙羅姉の話だと彼は結婚を考えていたと言っていた。
だからあれは〝正巳から千尋へ〟でまず間違いない。