ブラック研究室からドロップアウトしたら異世界で男装薬師になりました
街灯の明かりがぼんやりと光っている。
私は、とぼとぼと夜道を歩いていた。原口と取っ組み合いをしたせいで髪はぐしゃぐしゃ。眼鏡のフレームがわずかにゆがんでしまっている。
眼鏡を押し上げ、リュックを背負い直す。肩を圧迫するリュックには専門書が詰め込まれており、重量五キロにもなる。このせいで万年肩凝りだ。
私は国立大学薬学科の院生だ。ひたすら研究ばかりして、身なりをかまわないせいで彼氏なし。
遊ぶ暇もなくて親しい友人もいない。母子家庭で育った私は、薬剤師になるためただひたすら勉強した。
念願かなって国立大学に合格した私は、研究に没頭した。もっと研究がしたい。そう思って就職を見送り、大学院に通い講師を目指すことにしたのだ。
そして数ヶ月かけて書いた論文を、指導教官に盗まれたのだ。きっと誰も信じてくれない。
悔しかった。でも、講師になっても、原口が上司なのは変わらない。またいつ論文を奪われるかわからない。なぜこんなことになったのだろう。
女だから? いっそ男ならよかったのに。
男なら結婚しろだの色気がないだの言われなかったはず。性別のせいにするのは嫌だった。
でもこれが現実。すべてなげうっても、私はなにひとつ手に入れられない。
母になんと言えばいいのだろう。こぼれ落ちそうになる涙を必死にこらえた。泣いている場合じゃない。
研究分野の院生、しかも女を採用する会社は少ない。すぐにでも就職活動を始めなければ。希望の職につけるかはわからないが……。
ぽつり。
なにか冷たい物が頬に降ってきた。頭上に視線を向けると、細い雨が線をつくっている。
点滅する信号に足を止めた。雨は強さを増し、髪や頬を濡らしていく。ぼんやりと点滅する光を見つめていたら、今なら泣いてもかまわない気がしてくる。
ふと、横断歩道の上、猫がうずくまっているのが見えた。綺麗な猫だが、妙に疲れているようだ。
なぜ動かないの?
猫に向かって、トラックが迫ってくる。あきらめたように動かない猫が、自分のように思えた。
私はとっさに飛び出し、猫を抱え上げた。目の前がライトでまぶしく光り、クラクションの音が響いた。
こうして、私の二十五年間の生涯は幕を閉じた。