似非王子と欠陥令嬢
ハリーが紅茶にゆっくりと口を付ける。

彼はもしかしたら今まで誰かの怒りに触れた事がないのかもしれない。

だとしたら彼にとってそれは何より不幸な事だろう。

本当は苦言を受け入れる事が出来る器なのにそれを周囲が許してくれないのだから。

2人で無言のまま紅茶を飲んでいると扉が勢い良く開いた。

物凄い音がしたが蝶番は生きているだろうか。

「キャロル!!!」

汗をダラダラと流したルシウスが部屋に飛び込んで来た。

ここまで全速力で走って来たのだろう。

「ハリーが来てないかい!?
まさかもう手を下したり」

「してませんよ。
人を何だと思ってるんですか。」

キャロルは向かい側に座るハリーを顎で指す。

ハリーはポカンと口を開けていた。

その姿を確認したルシウスが膝から崩れ落ちる。

「良かった…。
てっきり私はハリーが何か言ってキャロルに粛清されてるんじゃないかと…。」

「どんな妄想かましてくれてんですか。
人を危険人物扱いしないで貰えます?」

「あ…兄上…。」

「ん?」

ハリーの掠れた声にルシウスが笑って答える。

息も切らしている上に汗ダクだ。

いつもの余裕な笑顔ではない。

「…なんで…そんな…。」

「ああ、キャロルが危険な事をハリーはあまり知らないからね。
私でさえ殺す気でかからなきゃ不味い相手なんだ。
だからもしかしたらハリーがやられてるんじゃないかと思ってね。
酷い勘違いだったみたいで恥ずかしいよ。」

ルシウスが照れた様に滴り落ちる汗を拭いながら笑う。

ハリーとキャロルの目が合った。

ーほら、お前の兄ちゃん分かりやすいでしょ?

キャロルの内心の呟きが通じたのかハリーが目を見開いた。

「…兄上、俺をしっ心配して?」

「ん?
そりゃそうでしょ。
弟が1番危険な相手に会いに行ったって聞いたら心配するに決まってるだろう?」

「殿下の中の私のイメージがよく分かりました。」

キャロルが軽口を叩くがハリーは唇を噛み締めている。

目が真っ赤に充血し始めている。

自分が化け物だと罵り功績を奪っていた相手。

感情がないと決めつけていた相手。

それが自分の為に息を切らせて助けに来たのだ。

自分はずっと罵っていたのに。

それでも彼は自分が弟だから当然だと笑うのだ。

悔しい。

情けない。

苦しい。

自分の醜さで心が鈍く痛む。
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