似非王子と欠陥令嬢
「ーーーっ!!」

声にならない悲鳴を必死で喉の奥に抑え込む。

「キャロル?!」

慌てた様にルシウスがキャロルの肩を掴む。

キャロルは悲鳴を堪えながら口から手を離した。

「どうした?!」

「殿下…。」

喋る事も辛い。

自分の体が思う様に動かない。

「魔力が…消え始め…てます。」

キャロルの言葉にルシウスが愕然とした表情をした後部屋を見た。

アルバートの詠唱はまだ続いている。

赤黒い光の糸が母親の指先とキャロルの心臓を繋いでいるのが見えた。

奥歯を噛み締めながらルシウスはキャロルを見て目を見開く。

キャロルの体が透け始めていた。

モヤにつつまれた様に足の指先が消えかかっている。

未来が変わるのか。

禁術が成功した未来へと変わろうとしていると言うのか。








キャロルの呼吸がどんどん浅くなる。

意識が朦朧として視界が保てない。

何となく消えるというのはこういう事なのかとぼんやりした頭で考えていた。

もうアルバートの詠唱もぼんやりとしか聞こえない。

このまま消えるのも悪くないとキャロルは小さく笑う。

母親の事も含め仇はルシウスが取るだろう。

きっと本当は自分はここで死ぬはずだったのだ。

10年以上手違いで悪夢を見ていただけなのだろう。

優しい夢を見られると言うのなら、今日見た母親の優しい笑顔の夢を見られるというのならそれは幸せなのかもしれない。

キャロルはゆっくり目を閉じる。

もう身体中が重くて動かす事が出来ない。

そもそも自分の手がどこなのかも分からない。

全身が凍り付いた湖に沈んでいくかのように冷たい。

ああ、でも1つだけ。

「…皆で色んな所行きたかったですね。」

こんな風に心残りが出来るなんて2年前には思っていなかった。

そう考えるとこの悪夢も悪くなかったかもしれない。

ルシウスが動きキャロルを抱き締める気配がした。

ルシウスの身体が震えている。

ただその背を撫で落ち着かせる事ももう出来ない。

楽しかったと伝えたいがもう口も動かない。

嫌いだったけど殿下といるの割と楽しかったですよ、とキャロルは心の中で呟く。

だから悲しまないでと。

そんなに怯えないでと。

伝える術は残されていなかったが。





額にフワリと柔らかい物が当たる。

キャロルの耳にルシウスの優しい声が聞こえた。

「…賭けは私の負けかな。
下僕にはなってあげられないけど…ごめんね。」
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