スノードーム
…………ん?

ずももっと雪の中から起き上がった男の人は、頭から雪をハラハラ落として水気を飛ばす犬のように頭を横に振った。

びちゃりと私の顔にも飛んでくる。まあ、今はそれはいい。

ふるりと震え、肩を抱いて「さむい」と呟く。
それは、そうだろうな。雪の中に埋もれていたんだし。


「あの?」
「……俺、記憶なくしたかも」
「え?」
「……テルって、みんなから呼ばれてたことは覚えてるんだ。何かキラキラしたところにいたのも。ただ、どうしてここにいるのかも、何で思い出そうとしたら胸が苦しくなるのかも、分からない」

ぱちりぱちり、数度瞬いて、大きな瞳が不安げに揺れる。

テルって、聞いたこと、ある。

アイドルに興味はないけれど、この音楽が栄える国ではいやでも目にして耳にする。テルさんは、もしかするとアイドルとかいうやつなのかもしれない。いや、きっとそうだ。だってこんなにも綺麗なのだから。

携帯は、と問うと、ポケットの中身をご丁寧に目の前でぶちまけてくれたが、中から出てきたのはハートのキャラクターの小さなキーホルダーだけ。

「多分俺は、テル」
「はい」
「でも、今帰る場所は、ない」
「……はい」
「瑞穂ちゃん、俺のこと拾ってくれませんか?」

透き通るような瞳がまっすぐに私を見つめるから。

赤らんだ鼻先がいたいたしくて、目元に泣いたあとがあるのにも気づいてしまって。

記憶喪失をするとき、過度のストレスが原因になることがあるということを聞いたことがあった。テルさんは、きっと抱えるものが多すぎてしんどくなってしまったのかもしれない。

今私が取るべき最善の行動は、彼らの事務所に連絡をしてテルさんを引き渡すことだろう。

けれどそれでいいのだろうか。それで、テルさんの心は救われるのだろうか。

私にはわからない。

まだ20年しか生きてきていないし、人生経験だって豊富ではない。吐くほどのプレッシャーに押しつぶされそうになったこともないし、何かに夢中になったこともない。

気づけば私はテルさんのかじかんだ手を握っていた。

わんこみたいに無邪気に笑うテテさんを見て、初対面なのに、この人を救いたいと、おこがましくも思ってしまったんだ。
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