私は視えない。僕は話せない。
「それでな、拓也。まぁ頼みなんだが、住所は教えておくから、その家には近付くな」

『どうして?』

「分かるだろ、お前ももういい大人なんだから――それより、大学の方はどうだ? 上手くいってるのか?」

 不利な状況に陥ると話題を変える。
 追い込まれた父の、いつも通りの手口だ。

『難しいけど、楽しいよ』

 追随はしまい。
 後から自分で確認すれば良いだけの話だ。

 僕の言葉に、父は「そうか」とだけ返して家を出ていった。
 朝も早くから出版社へ。
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