この人だけは絶対に落とせない
11月20日
恋人が主題の曲を聴いたり、ドラマや漫画を思い出して、気付いた。
恋愛ってこういうものなのか。ドラマと現実の違いとは、こういうことなのか、と。
桜井は間髪入れずに会いたがる久川に合わせ、久川が自宅にいる時間帯は、ほとんど必ずそこへ向かっていた。
最初に予告してきたとおり、仕事では周囲にはばれないように気を遣ってくれているのはありがたかったし、空いた時間を全て逢瀬に使おうとしている姿も悪くはなかった。
悪くはない…いや、外見は見れば見るほど恰好良いことに気付いた。
なるほど、周囲が騒ぐのも無理はない。
しかもその、女性達が我が物にしようとする久川が今、自分しか眼中に置いていないと思うと得体の知れない優越感が押し寄せ、他の女性を見下ろしたくもなる。
あの久川は、自分に溺れている。その自分は、久川に好意を抱きながらもしっかりと前を向いて仕事をしている。
今まで、恋人や結婚という言葉をそれほど気にはしていなかったが、それでも、久川を手中に入れた事で、最高の自分になれた気がした。
欠けていたものが、しっくりとはまり、無欠の自分になれた気がした。
このまま結婚をして、いづれ副店長に上がり、出産もして、良いタイミングでもしかしたら、店長になれるかもしれない。そうなれば、女性初だ。
さあ、これから一気に駆け上がらなければならない。
久川の後押しがあり、他の女性達より優位に立ち、この店を仕切っていかなければならない。
1月20日
「うわあー、やっとだ!」
見るなり声を上げて喜んだ桜井は、スタッフルームのテーブルの上に広げてあるパンプキンパイに顔をできるだけ近づけて匂いを嗅いだ。
「いいにおいー! えー、これ、食べてもいいんですか? 後2個だけど」
周りで個数を管理している者はいないが、少し離れた席から関がこちらを見ながら、
「いいんじゃないの」
と、手にパイを持っている。
「うそー、いただきまーす!!」
これが第5弾になるらしいが、こうやって手作りの物がテーブルに並んでいるとなると最高に気持ちが良いものだった。
機嫌取りは最高に上手な方法で、続行されている。
なんとなく関の前に腰かける。
「めちゃくちゃ美味しいですねー!」
「誰のために焼いたんだろうね」
「えっ、私食べちゃダメだったんですか!?」
さっき、よさそうな事を言ったので手を出したのにと、驚いて口からパイを離した。
「いや、食べてもいいと思うよ」
関は笑っている。
「びっくりしたー」
桜井は、半分ほど食べ続ける。
「桜井さんは、お菓子作る?」
唐突な質問だが、作れないので良い気はしない。
「うーん、全然作らないです」
そうか…久川にも作るべきなんだろうな…。
「僕も作らないな。料理もしないし」
フォローしてくれたことに気付いた桜井は、
「料理しないんですか…、えっと…」
関は結婚していなかったはず……、というのが顔に出たのか、
「1人だと面倒だからね」
さらりと言い切られる。
そこへ、
「やったー、まだ余ってたー!!」
休憩になった綾子が、今しがたの桜井と同じ流れで隣の席に着いた。
「お疲れ様です」
関に挨拶をしながら、既に口はパイをかじっている。
「美味しいよねー、これどうやって作るんだろう」
桜井は何気に綾子に言うと、
「パイ生地作ってからだから、めちゃくちゃ手が込んでるよ!パイ生地って面倒なんだから」
「作り方分かるの!?」
背を引いて綾子を見た。
「レシピ見たらね、というか、レシピ見たら、誰でもできる、出来る」
「うそー……」
そんなことも知らない自分にショックを受けた桜井は、背もたれにどんと背をもたせた。
どちらかといえば、綾子の方ががさつなイメージを持っていただけに、より衝撃は大きい。
「柊さんは、来月の連休どこに行くんだっけ」
関が入り込んでくる。
「秋田です、秋田。彼氏の実家に」
「えっ!」
桜井は、秒速で綾子の顔を見た。
「私ももう付き合って長いし。29だし、来年30だし」
「そっかあ……」
「おめでとう」
関のソツないセリフに驚いたが、綾子はふふふと笑って、否定しない。
「け、結婚するの?」
「それ前提でね、向こうに行くの。いやーん、ドキドキするー!親は賛成してくれてるって言うけどね。……なんかあ、今まで色々旅行行ったり出かけたりした時とかに親の話も色々混ぜて話してくれてたから助かったかなあって。結構家族が仲良いみたいで」
「……そうなんだ……」
「良かったな、おめでとう」
関がもう一度言うので、今更気付いて、
「おめでとう!」
桜井は、声を張り上げて必死で祝いの言葉を押される形で口から出した。
恋人が主題の曲を聴いたり、ドラマや漫画を思い出して、気付いた。
恋愛ってこういうものなのか。ドラマと現実の違いとは、こういうことなのか、と。
桜井は間髪入れずに会いたがる久川に合わせ、久川が自宅にいる時間帯は、ほとんど必ずそこへ向かっていた。
最初に予告してきたとおり、仕事では周囲にはばれないように気を遣ってくれているのはありがたかったし、空いた時間を全て逢瀬に使おうとしている姿も悪くはなかった。
悪くはない…いや、外見は見れば見るほど恰好良いことに気付いた。
なるほど、周囲が騒ぐのも無理はない。
しかもその、女性達が我が物にしようとする久川が今、自分しか眼中に置いていないと思うと得体の知れない優越感が押し寄せ、他の女性を見下ろしたくもなる。
あの久川は、自分に溺れている。その自分は、久川に好意を抱きながらもしっかりと前を向いて仕事をしている。
今まで、恋人や結婚という言葉をそれほど気にはしていなかったが、それでも、久川を手中に入れた事で、最高の自分になれた気がした。
欠けていたものが、しっくりとはまり、無欠の自分になれた気がした。
このまま結婚をして、いづれ副店長に上がり、出産もして、良いタイミングでもしかしたら、店長になれるかもしれない。そうなれば、女性初だ。
さあ、これから一気に駆け上がらなければならない。
久川の後押しがあり、他の女性達より優位に立ち、この店を仕切っていかなければならない。
1月20日
「うわあー、やっとだ!」
見るなり声を上げて喜んだ桜井は、スタッフルームのテーブルの上に広げてあるパンプキンパイに顔をできるだけ近づけて匂いを嗅いだ。
「いいにおいー! えー、これ、食べてもいいんですか? 後2個だけど」
周りで個数を管理している者はいないが、少し離れた席から関がこちらを見ながら、
「いいんじゃないの」
と、手にパイを持っている。
「うそー、いただきまーす!!」
これが第5弾になるらしいが、こうやって手作りの物がテーブルに並んでいるとなると最高に気持ちが良いものだった。
機嫌取りは最高に上手な方法で、続行されている。
なんとなく関の前に腰かける。
「めちゃくちゃ美味しいですねー!」
「誰のために焼いたんだろうね」
「えっ、私食べちゃダメだったんですか!?」
さっき、よさそうな事を言ったので手を出したのにと、驚いて口からパイを離した。
「いや、食べてもいいと思うよ」
関は笑っている。
「びっくりしたー」
桜井は、半分ほど食べ続ける。
「桜井さんは、お菓子作る?」
唐突な質問だが、作れないので良い気はしない。
「うーん、全然作らないです」
そうか…久川にも作るべきなんだろうな…。
「僕も作らないな。料理もしないし」
フォローしてくれたことに気付いた桜井は、
「料理しないんですか…、えっと…」
関は結婚していなかったはず……、というのが顔に出たのか、
「1人だと面倒だからね」
さらりと言い切られる。
そこへ、
「やったー、まだ余ってたー!!」
休憩になった綾子が、今しがたの桜井と同じ流れで隣の席に着いた。
「お疲れ様です」
関に挨拶をしながら、既に口はパイをかじっている。
「美味しいよねー、これどうやって作るんだろう」
桜井は何気に綾子に言うと、
「パイ生地作ってからだから、めちゃくちゃ手が込んでるよ!パイ生地って面倒なんだから」
「作り方分かるの!?」
背を引いて綾子を見た。
「レシピ見たらね、というか、レシピ見たら、誰でもできる、出来る」
「うそー……」
そんなことも知らない自分にショックを受けた桜井は、背もたれにどんと背をもたせた。
どちらかといえば、綾子の方ががさつなイメージを持っていただけに、より衝撃は大きい。
「柊さんは、来月の連休どこに行くんだっけ」
関が入り込んでくる。
「秋田です、秋田。彼氏の実家に」
「えっ!」
桜井は、秒速で綾子の顔を見た。
「私ももう付き合って長いし。29だし、来年30だし」
「そっかあ……」
「おめでとう」
関のソツないセリフに驚いたが、綾子はふふふと笑って、否定しない。
「け、結婚するの?」
「それ前提でね、向こうに行くの。いやーん、ドキドキするー!親は賛成してくれてるって言うけどね。……なんかあ、今まで色々旅行行ったり出かけたりした時とかに親の話も色々混ぜて話してくれてたから助かったかなあって。結構家族が仲良いみたいで」
「……そうなんだ……」
「良かったな、おめでとう」
関がもう一度言うので、今更気付いて、
「おめでとう!」
桜井は、声を張り上げて必死で祝いの言葉を押される形で口から出した。