きっともう好きじゃない。
「かおるー」
バンっと勢いよく薫の部屋のドアを開けてから気付く。
そういえば、わたしの部屋にいるんだった。
あまりジロジロ見るのも悪い気がして、すぐにドアを閉めようとしたんだけど、本当に偶然机の上に置いてある水色の正方形の箱が目に入る。
薄い桃色のリボンが緩く巻かれた箱。
巻かれたというよりは、一度開けたあとに結ぼうとして上手くいかなかったような、そんな感じだ。
あれはたぶん、薫が好きな子からもらったもの。
バレンタイン以降、どうなったのか聞いてなかったな。
自室のドアを開けると、ベッドに寝ていたはずの薫は起き上がって壁を背に座り、足を伸ばしていた。
「今、間違えて俺の部屋開けたろ」
「やっぱり聞こえてた?」
「そりゃあ、あれだけ雑に開ければな。てか、姉ちゃんいつもノックしろって言うけど、自分もしてないからな」
「あ、たしかに」
薫の部屋なんて滅多に開けないからかな。
何度言ってもノックしない薫よりはマシじゃん、と言い返すと、クッションを投げつけられた。
普通に上投げ。もちもちで柔らかいクッションだけど、顔面でキャッチするとなかなか痛い。
「いったいなあ、もう!」
スマホの画面を操作しているあの感じ、たぶんパズルゲームだ。
時間制限のあるやつだったら困るなあと思いつつ、クッションを投げ返す。
「下手くそ」
明後日の方向に飛びかけたクッションをわざわざ手を伸ばして掴んで、今度は軽く投げ返してくる。
あんまりバタバタしていたらお母さんが来るかもしれないから、大人げを振り絞ってクッションを抱きしめる。
片眉を上げて、もういいのかよって顔してる薫は無視だ。
机に向かって座り、スリープ状態のパソコンを立ち上げる。
さっきの続きを再生する前に、ヘッドホンを握って薫の方へ椅子を回転。
「今度の火曜、絶対まっすぐ帰ってきて。寄り道厳禁。夜出るのもナシ」
「あー……眞央が来るって言ってたな」
なんだ、薫も聞いてたんだ。
わざわざ念を押す方がわざとらしかったかな。
「外で眞央と待ち合わせて、夕飯の材料買って帰るつもりだったんだけど」
「え……それはどういう意味で?」
「善意100パーセント」
絶対嘘だ。
材料はあらかじめ用意しておくつもりだった。
わたしが、じゃなくてお母さんに頼むという形で。
そうすれば、まおちゃんが家に来た時点で部屋に引っ込めるって算段を立てていたというのに。
「なあ、姉ちゃん」
「んー?」
今度こそ耳に装着しようとしていたヘッドホンをまた離す。
「え、なに?」
一向に続きを紡がない薫を振り向くけど、手元に目を落としてじっとしている。
あれは、言うこと考えないまま口を開いてしまったときの顔だ。
わたしと同じ癖。
首にヘッドバンドを置いて、机の表面を指先でこする。
「やっぱり今度でいい。俺戻る」
「今度でいいなら今でもいいんじゃ……ええ、はや……」
ちょっと目を離した隙に、ベッドにはスマホがぽつんと置いてあるだけ。
振り向いたときには閉めかかったドアと薫の背中しか見えなかった。