きっともう好きじゃない。


ダイニングテーブルに6つ並んだビニール袋の中身を見て、たしかにこれはまおちゃんがちょっとアホだなって思う。

6つのうち4つは、スーパーの買い物じゃない。

スーパーの買い物袋にしては小さいなって思ってたんだけど。


「柿屋さんに寄ったんだ」


「そー。さっき呼び止められた。持って帰れって」


柿屋さんは柿を売ってるお店じゃない。

青果、精肉、どちらも違う。

昔ながらのお豆腐屋さんだ。


マンションの隣の隣、そのお向いの一軒家がそう。


豆腐の味噌汁も冷や奴も麻婆豆腐も湯豆腐も、昔から豆腐といえば柿屋さんのしか食べていない。

この柿屋さん、昔はおからコロッケなんかも売ってたんだけど、今はもうなくて、豆腐とたまに油揚げだけ。

代わりに、おからを無料で持って帰っていいよって言ってくれる。

お豆腐を買わないときでも、通りかかると、おからいらない? っておじちゃんに声をかけられることがある。


「にしたって、多すぎ」


食べ盛りが3人もいるからってこの量はない。


「ぜんぶコロッケにする」


さっそく小分けにされたおからの袋を取り出しながら舌なめずりをするまおちゃんの横で、薫はスーパーの袋からサラダ油と小麦粉、卵、パン粉と次々に取り出してはキッチンに運んで行く。

家にある分では足りないと思ってわざわざ一式買ってきたのはえらいと思う。

足りなくなって買い足しに行く手間も、使い切ってお母さんにあれこれ言われる心配もない。


はあ、と肩を落としてゲーム機を放ったソファに向かう。

その背中にかけられると思ったはずの声がいつまでもかからずに、ソファに行き着く前に振り向く。

すでにキッチンに立った薫がきょとりと目を瞬いて、それから私に向かって追い払うような仕草をする。


「姉ちゃんは見てるだけでいいよ。あ、いや、見てなくていいんだ。そっちから顔出さなくていいから」


「あっそ」


手伝いなんていらないってことか。

適当に食材をお願い、と頼んだはずがこんなことになって。

一応、おからコロッケには関係なさそうな食材もいくつか見えたけど、きっとメインは揺らぎないんだろう。


クッションの上にぽつんと座っていたゲーム機を拾って、ソファに背中をつける。

お望みどおり、顔は出さないように。


それでも音は聞こえてくる。

テンポ良い方と、すぐに乱れる方の包丁、どっちが薫なのかな。

『うわ』とか『うはあ』とか、変な声もたびたび聞こえるけど、これはどちらかわかる。

ぜんぶ薫だ。

まおちゃんはときどき指示を出すだけで、慌てることなんて一度もなかった。


< 111 / 137 >

この作品をシェア

pagetop