きっともう好きじゃない。
一瞬、ほんの1秒をさらに10等分に刻んだうちのひと切れほどの躊躇いで、じゅうぶんだった。
あとほんの少しでもはやければ止められたかというと、そうではないのだけど、1秒の10分の1はじゅうぶんな後悔になり得る。
廊下に飛び出していちばんに目についたのは、床に散らばった無残な姿のおからコロッケ。
タッパーの蓋がわずかにズレて、そこからふたつ、飛び出してた。
そのタッパーの横に、赤い点がひとつ、ふたつ。
本当はいちばんにまおちゃんの顔が見えた。
だけど、咄嗟に逸らしたから、おからコロッケを見つけた。
「かおる!」
まおちゃんよりは低いけど、それでもだいぶ差を縮めたふたりの背丈は、背伸びをすれば簡単に埋まる。
まおちゃんの顔は薫よりも随分と高い位置にあった。
ふたり並んでいたときよりも、高く。
「なに、してるの!」
足が竦む、手が震える。
真っ白になった頭なんて役に立たなくて、ただ無我夢中でまおちゃんと薫の間に割って入る。
「あぶねえよ、姉ちゃん」
「わかるよそんなの!」
落ち着いた声に騙されるほど、悠長にしていられる状況じゃない。
両手で制服の襟首を掴み上げられたまおちゃんは、爪先で立っていた。
壁に押し付けて押し上げた力がどれくらい強いのかはわからない。
床に落ちていた血はまおちゃんのくちびるの端から滴ったもので、たぶん、すぐに薫を引き剥せないということは、頭をぶつけたりしたのかもしれない。
壁に打ち付けたのか、それともくちびるへの傷を作ったものと同じ衝撃が頭にあったのか、見ていないとわからないことしかない。
「聞けよ、眞央」
「…………は」
まおちゃんの吐いた息。
単なる吐息か、もしかしたら、言葉になりたくてなれなかった残滓。
続きを紡ぐことなく、まおちゃんは一度瞬きをした。
「姉ちゃんのこと、ちゃんと捨てられないなら半端なことするなよ」
薫の腕を掴んだまま、右耳に入り込んでくる言葉にガツンと頭を殴られたみたいな衝撃を受ける。
姉ちゃん、はわたしのことで。
捨てるとか、捨てられないとか、聞いたこともない言葉だった。