きっともう好きじゃない。
「もういいだろ。迷惑被ってんのは俺だけじゃない。姉ちゃんも、眞央が巻き込んだふたりもそうだ」
ふたりって、篠田さんと陽日さんのこと?
もういいって、どういう意味?
まおちゃんには薫が言っていることの意味がわかってるの?
だんだんと、薫の腕の力も抜けていく。
浮き出た血管も引っ込んで、荒い息は変わらないまま、まおちゃんはかかとまでしっかりと床につける。
沈黙ののち、まおちゃんは首の辺りまで滴る血を袖で乱暴に拭った。
「陽日には妹の罪滅ぼししてもらってるだけ……って、それも聞いたんだろ、薫、頭いいなあ。いつから?」
「初めて会った日だ。西野って、そんな珍しい名字じゃないけど、偶然の線も潰しときゃいいと思ったら、マジだった」
「西野さんのこと覚えてるだけでもすごいよ。おまえまだランドセル背負ってたのに」
「姉ちゃんのこと、あんな風にした原因のこと、忘れるかよ」
薫の、苦いものを奥歯ですり潰したような顔。
まおちゃんは少し困ったような顔で薫を見下ろす。
ほんのわずかな身長差だけど、たしかな差でもある。
「……西野って」
さっきから、話がまったく読めないし、見えない。
陽日さんの妹がわたしに何か関係がある?
「ユマ」
答えたのは、まおちゃんじゃなくて薫。
その名前と結びつく人はひとりしかいなくて。
あまり顔は覚えていないけど、まおちゃんに告白したひとりだ。
そして、わたしの知っている中では最後のひとり。