きっともう好きじゃない。
「いいよ、和華」
頬を包む手のひらがくちびるの端に掠めて、まおちゃんは少しだけ痛そうな顔をした。
そりゃあ、こんな傷、痛いよね。
血がかたまって赤黒い傷跡、じっと見ていられない。
「いいよ、言って」
どこまでも優しいまおちゃん。
その優しさの使い方を、わたしのために間違えてくれた。
だから、もう。
「眞央が好きです」
過去形にするくらいの勇気があればよかったね。
まおちゃんの、いいよって3文字があんまり優しいから、嘘なんて吐けなかった。
「ありがとうな、和華」
冷えたまおちゃんの手が頬をさすって頭を撫でて、耳元をなぞって、離れていく。
「俺も、好きだったよ」
最後に、頬に添えたわたしの手を、まおちゃんが自ら掴んで下ろしてくれた。
握りもせずに、ただ離れていくように導くだけの手の冷たさに、泣かないようにくちびるを噛む。
「薫も。色々ごめん」
もう顔を上げていられないわたしの頭上で、まおちゃんが薫に向かって言う。
薫は言い返すつもりがなかったのか、それとも何も言えなかったのか、黙っている間にまおちゃんは出て行った。
「……そうじゃねえだろ」
ガンッと薫が拳を壁に打ち付けて、振動が浅く広がる。
舌打ちを残した薫がリビングに入っていくのを見て、ふらりと自室に戻った。
何も考えられなくて、体中、どこにも力が入らない。
手のひらについたまおちゃんの血を爪の先で引っ掻いて落とす。
好きだって、まおちゃんに言った。
しつこいくらい、言った。
だってこれで何度目だろう。
回数じゃない。
まおちゃんが聞きたくないし受け取りたくないのに、何度も押し付けた。
返ってくるのはいつも、過去の思いだけ。
今日『きっと』が消えた。
まおちゃんは、わたしのことを、もう好きじゃない。