きっともう好きじゃない。
◇
床に落ちたおからコロッケと血の跡は、薫がしっかりと片付けていたらしい。
まおちゃんの怪我について何か聞かれることはなく、薫もずっと平然としていた。
薫が春休みに入って、たまに外に連れ出されることがある。
不健康だとか、少しは運動しろとか、適当な理由をつけて。
早朝だったり、昼間だったり、夕方だったり。
ダメだよって言っても聞かずに押し切られて、たまに夜に出歩くこともあった。
まおちゃんに顔を合わせても、きっともう大丈夫だと漠然と思っていたのに、結局あの日以来一度も顔を合わせることのないまま。
「眞央くんがいないと寂しくなるね」
「卒業したら一旦こっちに戻るんだろ?」
「さあ? まあ、帰省はするって言ってた」
リビングで交わされる家族3人の会話がふわふわと宙に浮いて、掴もうとすると離れていく。
上の空で聞き流していると、お母さんがわたしに話を振る。
「和華はよかったの? 会わなくて」
「……うん」
今日、まおちゃんが引っ越して行った。
一家揃って、とかではなくて。
原則部活生以外は入れないはずの寮が、来年度から人が少なすぎて、部活をしていない生徒にも募集をかけたらしい。
通学距離を考慮して選ばれたうちのひとりがまおちゃん。
ぜんぶまおちゃんのお母さんからわたしのお母さんを経由して聞いた。
3人は数時間前にマンションのエントランスまで見送りに行ったけど、わたしは行かなかった。
2度と会えないわけじゃない。
長期休暇中には帰省するし、連絡手段だってある。
会いに行こうと思えば、距離も理由も揃えられる。
まっすぐにまおちゃんに向かっていったはずの直線を引っ張って、崩していく。
そうしたら、最後の一欠片だけをわたしの心に残して、あとはぜんぶ壊してしまえばいい。
きっと、もう好きじゃないって言える日まで。