きっともう好きじゃない。
「謝っても、今更本当のことなんて確かめようがないんだけどね」
持ち手を前にして膝の辺りにぶつけたスクールバッグを軽く揺すって、由麻ちゃんは目を伏せた。
「私も須藤くんに告白したこと、どこから広まったのかわからなくて。噂になってるなんて知らなかったの」
「……うん。それは、ちょっと思ってた」
あまりにも一直線に飛び火してきたから、あの頃は深く考える暇すらなかったけど。
隣のクラスにまで広がるって、どうしたらそんなことになるんだろう。
それまではそんなことがなかったから、わたしはまおちゃんに告白をしたのが由麻ちゃんだけだと思ってたくらいなのに。
たぶん、由麻ちゃんの言うように今更確かめる術なんてないし、たどり着きたいって思ってるとは限らないんだけど。
由麻ちゃんも誰かに、何かを、自分の意図していなかった場面で、見つかって広められてしまったんだと思う。
わたしにもう少し余裕があれば。
わたしがもう少し頭を回していたら。
隣のクラスにいたはずの由麻ちゃんを見つけられたのかもしれない。
「久野さんのクラスの男子がうちの教室に来たときのアレ……久野さんも聞いてたんだよね」
「うん。後ろにいた。ぜんぶ、聞いてた」
止められなかった。
だから、逃げ出した。
「あの場でいちばん、守られないといけなかったのは、久野さんの心なのに」
指先に力が籠るのを、そっと押さえてみる。
手のひらに食いこんだ爪、きっと痛いよね。
「いま、由麻ちゃんが守ってくれたよ」
剥き出しのまま、綻びたまま、ひび割れたまま。
たまに熱を持ってじくじくと傷んでいた場所に、由麻ちゃんが手を添えてくれた。
ようやく、ちゃんと笑えた気がする。
どうしようかな、嫌じゃないかな。
由麻ちゃんの手に置いていただけの自分の手に、少しぬくもりを足すような気持ちで、平に力を入れてみる。
すると、由麻ちゃんは片手をバッグの持ち手から離して、わたしの手と合わせてくれた。
きゅっと握ってみると、あたたかくて、まおちゃんや薫とは違う体温で。
わたしと一緒で小さくて細い手のひらに、泣きそうになった。
この手のひらにきっと、余るほどのものをあの頃持っていたんだと思う。
大切なものだけは零したくないと思うのに、大切なものほど零れてしまう気持ち、たぶん由麻ちゃんも知ってる。