きっともう好きじゃない。
7階に家は4つある。
わたしの家と、隣にまおちゃんの家。
お向いさんは空っぽで、斜め向かいの家は年配の夫婦が住んでる。
降りるのははやいけど上るのは遅いエレベーターの箱の中で、わたしもマフラーを取った。
7階についてボタンを押してくれてる薫の前に出ようとしたけど、踏み出したかった足は地面を離れなかった。
「まおちゃん」
着膨れてもっこもこのまおちゃんが立ってたから。
お風呂上がりなのか知らないけど、毛先が濡れて首に張り付いてる。
まおちゃんはスマホを片手に操作していて、エレベーターの中にわたしと薫がいることに気付くのが一瞬遅れたみたいだった。
「和華、と薫。何してんの」
「コンビニ行ってきた。まおちゃんこそ、どこか行くの?」
まさかその上下セットのスウェットで彼女に会いに行ったりしないよね。
グレーじゃなくてブラックなだけマシかもしれない。
ううん、そんなことないんだけど。色なんてどうだっていいんだ。
「消しゴム失くしたからコンビニ」
「うわあ……」
そんな偶然、ある?
反応に困るなあ、なんて思いながら、ずっとボタンを押しっぱなしにしてくれてる薫を振り返る。
「かおる、1個あげなよ」
「の、前に姉ちゃん早く出ろよ」
トンと軽く背中を押されただけなのに、つんのめるみたいに、少しだけ浮いて飛んでしまったわたしは咄嗟にまおちゃんを避けた。
真正面からぶつからなかっただけで、右肩の辺りに受け止めてもらったんだけど。
「ん。50円な」
「金取るのかよ」
まあいいけど、と言ってまおちゃんはポケットから小銭を出した。
10円玉をひいふうみいと数えるまおちゃんを薫が小さく笑ってた。
なんて意地悪なやつなんだ。
本気にするまおちゃんもまおちゃんだけど。
「まおちゃん、そんな小銭もらっても困るから。払ったのわたしだし」
「そうなん? じゃあ、これ」
「だからいらないって……」
受け取り拒否の意味を込めて、胸の前で両腕をクロスさせる。
だけどまおちゃんは構わずにわたしの右手を取って、硬貨を一枚乗っけた。
「お駄賃な」
「ひゃくえん……」
銅色じゃない、真ん中に穴も空いていない、銀色の硬貨。
少しだけまおちゃんの手のひらのぬくもりが移ってる。
無意識にきゅっと握りしめると、まおちゃんは薫から消しゴムの片割れをひとつ受け取って、踵を返す。