きっともう好きじゃない。


薫を見て、お母さんを見て。

それを3回繰り返したけど、全然伝わらない。


諦めてテーブルに向かうと、すれ違いにお母さんはリビングを出て行った。


「かおる、それ前にやっちゃダメって言われたじゃん」


お母さんの代わりに叱っておくのも姉の役目。

叱り口調を参考にできる人もいなくて、普段通りの言葉遣いだけど。


「んー」


なんだ、その返事。

テレビはつけていないし、薫はまだ中学生だからスマホを持っていない。

まさかそのスプーンでガシガシすることに夢中になってるわけないよね。


「聞いてる?」


「んー?」


「だからそれ、ダメだって」


家族4人分、一緒に買ったのに薫のグラタン皿だけ傷がついちゃってる。

ドリアのときもそうだけど、固まったのが好きなんだって。

だからっていつまでやってんの。


「姉ちゃんこそ、早く食べないと冷めるよ」


「食べる食べる。冷めると美味しくないもんね」


「さっき冷めても美味しいって言ってなかった?」


あ、それはちゃんと聞いてたんだ。

薫の隣に座って両手のひらを合わせる。

いただきます、と言うと、薫が『はい、どうぞ』って言った。


半分食べたくらいで薫が自分の食器を流し台に持って行って、テレビの前を陣取る。

バラエティ番組の音だけを聞きながら、お母さんが一向に戻ってこないことに気付いて、薫に言う。


「ねえ、お母さんどっか行った?」


「物置きに探し物があるんだって」


「へえ、なに?」


「知らない」


手伝いに行かないの? って言ったらきっと、姉ちゃんが行けばいいじゃんって返されるから、余計なことは口にしない。

お母さん、何探してるんだろう。


食べ終えた後の食器は薫の分もまとめて洗っておいた。

白い陶器の内側が、薫のだけ剥げてる。


食卓にふたつ残ったグラタンにはラップが被せてあった。

お父さんの帰りが遅い日は、お母さんは絶対に先に食べない。


「あ、姉ちゃん。眞央にこの前はありがとって言っといて」


リビングを出ようとしたとき、薫が顔をこちらに向けた。

テレビを見ているのかと思ったら、胡座の間に置いた手にはゲーム機が握られていた。


「なんでわたしが」


「姉ちゃんの部屋にいるんでしょ?」


「いるけど……お礼って人伝に頼むものじゃないよ」


当然のことを言ったつもり。

お礼の代行なんてしないよ。


見つめ合って数秒。

お互いにどっちも譲らない。

声を荒らげるような喧嘩はしたことがないけど、こうやって睨み合いみたいなことは、しょっちゅうある。


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