きっともう好きじゃない。


マンションから駅まではさほど遠くない。

自転車で5分、徒歩なら15分。

わたしが学校へ行くときはお母さんが一緒だから、電車に乗ることなんてないし、何年ぶりかもわからない。

駅構内の造りも何となく覚えているものと違いすぎて、目がぐるぐる回る。


「これどうするの?」


ひとつしかない販売機の前で薫に助けを求める。

少し離れた場所で求人の無料雑誌を眺めていた薫が嘘だろって目でわたしを見て、後ろに人が並んでいるのを見るとすぐに横に来て教えてくれた。


「で、ふたり分。もう往復買っとけ」


「これ、お札はまとめて入れても大丈夫?」


「それは書いてるだろ」


あ、本当だ。10枚までなら大丈夫だって。

往復をふたり分で二千円超え。

まおちゃんの定期代っていくらなんだろう。


ぺろっと吐き出されたお札と切符、どっちを先に取るべきか一瞬迷う間にも急かすみたいにピーピー鳴り出す。

慌てて両手で同時に引っ張ると、隣で薫が吹き出した。


「え、なに?」


「ぶ、ふふ……姉ちゃんマジかよ。そういうとこほんと面白い。ほら、行くぞ」


改札の通り方もろくに知らないわたしを先導して薫がホームに向かう。

ここに来るまでに時間は調べていたけど、何番線なのかはわからないはずなのに、電光掲示板をちらりとも見ない。


「ね、かおる。どこかわかってる?」


「この時間の下りは全部こっち」


「へえ……すごいね」


薫も普段から電車を使う方じゃないのに、よく知ってる。

屋根の下のベンチに座ると、目の前に立つ薫がわたしの手元を見下ろした。


「絶対落とすからしまっとけ、はやく」


財布と切符、持ったままだったこと忘れてたなんて言えない。

カバンの中に仕舞って薫を見上げると、満足そうに頷いた。


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