きっともう好きじゃない。
「ちょっとトイレ」
早々に見飽きてしまっていた薫が塀を離れて行こうとする。
「待って、わたしも行く」
「何でだよ。後にしろ」
また少し不機嫌そうな声で言って、駅へ向かう。
もしかして校舎の中で借りるのかなって思ったけど、それはないか。
陸上部では、アスファルトにみんなで円を描いてストレッチが始まっていた。
地面に座られてしまったらこちらからはあまり様子が見えなくて、帰りの電車の時間を調べておくことにした。
たぶん、もう薫が調べているんだろうけど。
「……まだ?」
スマホを開いていちばんに目に飛び込んだのは、メッセージの通知。
まおちゃんからのメッセージで『まだ?』とだけ。
7分前に届いたそのメッセージに『何が?』と返すけど、一向に返事は来ない。
「かおるも遅いし」
校舎を出て駅へ向かう生徒の後ろ姿がちらほらと見えるだけで、駅からこちらへ向かってくる人影はない。
薫に限って迷うことはないだろうし、というか、迷いようがない。
こういうとき、薫がスマホを持っていないって不便だ。
駅の方まで様子を見に行こうとしたとき、メッセージを受信してスマホのランプが点滅する。
『ごめん。ミスった』
まおちゃんからだ。
わたし宛じゃなかったってことでいいのかな。
ミスったっていうけど『まだ?』と聞くということは、誰かを待っていたってこと。
ハルヒさんにそれを言うのはおかしいし、別の誰かと待ち合わせでもしていたのだろうか。
大丈夫、と返してスマホから視線を上げると、ストレッチも済んだようで、部員たちが散らばっていく。
休憩にしては早いような気がして様子を見ていると、数人が正門周りに集まって、ひとりはストップウォッチをぶら下げていた。
かけ声と共に一斉に走り出して、さっきよりもペースは遅いけど、すぐに校舎の裏側へ消えてしまった。