きっともう好きじゃない。


おずおずとフェンスに近寄ると、篠田さんは腕に顎を置いて、視線を低くした。


「陽日に会いたいの?」


「えっと……」


薫に助けを求めようと横目に見るけど、知らん振り。

というか、こっちを見ないようにしてる。


「聞きたいことがあって」


「聞きたいこと、ね」


復唱して、篠田さんは少し考え込む素振りを見せた。

後ろでは篠田さん以外の男子がまた話を盛り上げている。


「呼んでやりたいけど、あいつはここと真反対にいるのね。で、休憩の残り時間がこれ」


そう言って、篠田さんはポケットからストップウォッチを取り出した。

タイマーにセットされていて、カウントダウンを刻んでいく残りの秒数は1分を切っている。


「あとでも大丈夫? これからまだ1時間半くらいやって、それからダウン。暗くなるし、寒いかもよ」


「大丈夫、です。あっ、かおるは? 大丈夫? さっき具合悪かったんじゃない?」


ついさっきの薫の様子を思い出して尋ねると、相変わらずどこか他所を見ていた薫が緩く首を縦に振る。


「ん、まあ、大丈夫じゃない?」


自分のことなのに、そういう煮え切らない返事をしないでほしい。

篠田さんは声を出して笑っていたけど、遮るようにタイマーが鳴った。

ぞろぞろと一旦中央に人が集まって、またバラけていく。

篠田さんもそっちへ向かおうとして、一度こちらを振り向いた。


「駅の待ち合い室でいい?」


「え?」


「女の子が体冷やすと良くないから。弟くん? も顔色悪いし、駅で待ってて。終わったら陽日、連れていく」


言うと、わたしの返事は待たずに駆けて行ってしまう。

というか、やっぱり薫、顔色悪いよね。

青くはない、白いだけ。

でも寒さだけのせいかと言われると、不自然な気がする。


篠田さんもああ言っていたし、とりあえずは駅に行こう。

薫の肩をつつくと、黙って後をついてくる。


なにか、迷っているような、悩んでいるような、そんな感じだ。

さっきトイレに行っている間に何かあったとしか考えられないけど、聞いてもきっと教えてくれないんだろう。


駅に入ると、さっきはいなかった駅員さんがいた。

改札横の引き戸を開けると、中は6畳ほどのスペースになっていて、三方にベンチと中心にはストーブ。

閉め切り厳守、と書かれた引き戸をしっかりと閉めて、角に陣取る薫の隣に座る。


ぼうっとストーブを眺める薫の横顔を見ていて、何か声をかけたいのに、くちびるを開いても吐息が漏れるだけ。


そのうち、薫は瞼を伏せて、わたしの肩に凭れてきた。

あどけない寝顔と小さな寝息。

篠田さんや他の高校生には劣るけど、薫もそれなりの体躯だから、支えているのはちょっとつらい。

起こさないようにたまに身動ぎをしながら、待ち合い室で時間が過ぎるのを待った。


< 61 / 137 >

この作品をシェア

pagetop