きっともう好きじゃない。
「和華ちゃん、ひとつだけ謝らせてね」
「謝るって、どういう」
「私の口からはまだ話せない。眞央に巻き込まれたのは事実だけど、巻き込まれてあげたのは私だから、最後まで眞央に付き合うつもり」
「付き合う……」
「あっ! 違うの! それは本当にフリで、今のはそういう意味じゃなくて……ほら、最後まで行きずりになってあげるって意味だからね」
陽日さんの慌てっぷりを見ても相変わらず頭はパンクしそうなまま。
よほど混乱してるんだろうなって、まだ冷静な部分が残っていることが救いだった。
「私の代わりに、忍をあげる。何でも聞いて、何でも使っていいよ」
「おい、言い方」
「ほら、スマホ出して」
「言われなくてもそのつもりだったよ」
陽日さんに急かされながらポケットからスマホを取り出した篠田さんと連絡先を交換する。
念のために、と陽日さんの連絡先も登録させてもらった。
「薫は?」
「持ってない」
ひとりだけ、真ん中にいながらずっと置き去りにされていた薫が不貞腐れた顔でスマホを持ち構えた篠田さんをじっとりと睨む。
「ああ、それはごめん。じゃあこれ電話番号。何かあったら家電からでもかけて」
「いらない。姉ちゃんの借りるし」
なんでそう、わたしのスマホは自分のもの同然だみたいに言えるのか。
サッと篠田さんが電話番号を記した付箋を渡すけど、薫は受け取らずに陽日さんを見つめた。
「聞きたいことがある」
「え? うん、どうぞ」
「外がいい」
わたしの前で話せないことなのか、篠田さんの前だからなのか、どちらかわからないけど、薫は陽日さんを連れて待ち合い室を出た。
その間に、さっそく篠田さんにひとつ疑問をぶつける。
これの答えは、篠田さんは知らないんだろうけど。
「かおるも何か知っていて、隠してるんですよね」
「うん。俺もそう見えた」
もう、はっきりしちゃってるもんね。
まおちゃんと薫の間の確執にはわたしが関わっているってこと。
関わりがあるというか、その中心にいるのかもしれない。
「わたし、みんなに隠し事されてる」
ぽつりと零したつもりで、篠田さんには届かないと思ったのに、しっかりと拾われていた。
ごめんねって眉を下げた篠田さんがわたしの頭を軽く撫でる。
「たしかに、隠し事はたくさんあるかもしれないけど、嘘は須藤だけだよ。誓って言える。だから、そんな顔しないで」
「そんな顔ってどんな顔ですか?」
「泣きそうな顔」
瞳を覗かれて、篠田さんのガラス玉に映る自分に目を凝らす。
小さなガラス玉に映る顔は識別できても、自分の泣きそうな顔なんて、そういえばよく知りもしなかった。
「めっちゃ見つめてくるねえ、和華」
「へ!? あ……! ごめんなさい」
顔をうんと近付けていたわけじゃないけど、吐息のかかる距離だった。
咄嗟に距離を取って上体を仰け反らせると、こちらに身を乗り出してわたしの頭に触れていた篠田さんが笑い始めた。
ついていけずにいると、ふと真面目な顔つきになって、目を細める。
「人の言葉って案外自分以外が覚えてるものなんだ」
「え……?」
「なかなか思い出せるものじゃないよ。それはそれでいいと思う。でも、その代わりに別の言葉をあげないと、誰かはずっとその言葉だけを信じてるかもしれない」
口を挟む間も聞き返す隙間も与えてくれずに言い切ると、篠田さんは笑みを湛えたまま、それきり何も言わなかった。