きっともう好きじゃない。
「須藤くんのこと好きなの?」
コツコツ音の向こう側、一連の話を始めた女子のひとりが言った。
少なからず、動揺してしまったのがいけなかった。
クッと息をのんで、薄くくちびるを開いて、何も言えずに噤む。
答えなかったことが、答えのようなもの。
爪が机を叩く音が止んで、高い口笛が鳴り響いた。
「へえー! 久野さん、マオチャンのこと好きなんだ」
興味がなさそうに教室の端で本を読んでいた男の子まで、振り向いてわたしを見ている。
スカートを握り締める手に力が籠る。
弁解をしようにも、何を言えばいいのかわからない。
余計なことを言えば、拍車をかけてしまう。
「じゃあ、マオチャンに言ってきてやるよ」
「お、優しいじゃん」
「行こうぜ」
わたしの周りにいた男子が3人、教室を出て行く。
ハッとして立ち上がったわたしよりも先に面白がったクラスメイトがその後に続いた。
震えて上手く動かない足を引っ張って、教室のドアを跨いだとき。
「須藤!」
隣の教室のドアを開けて、男子が叫ぶ。
ここからは見えないまおちゃんが、声に反応したんだと思う。
「久野さんがさあ!」
待って。
手を伸ばすよりも、叫んだ方がはやいってわかってた。
だけど、こんなときでさえわたしは声を張り上げることができなくて。
「お前のこと、好きなんだってよ」
待って、待って、待って。
言葉の半ば、言い終えたあと、落ちた沈黙の合間に、三度願った。
届かないで。お願い。
いつか、わたしの口からまおちゃんに伝える日が来たらいいなって思ってたのに、そんなの一瞬で砕け散った。
爆発的に騒ぎが起こる隣の教室にたどり着く前に、もう前へ進めなくなった。
野太い歓声と甲高い悲鳴じみた声が混ざり合う。
その中に『ユマ』って名前も聞こえた。