きっともう好きじゃない。


駅が見えてきたところで薫はようやくスマホを仕舞った。

途端に歩くペースが速くなるから、小走りで追いかける。


追いついたら速度を緩めて、また距離ができるから走って。

3度繰り返したところで、駅の前の花壇を眺める篠田さんを見つけた。

見つけたかったような、いてほしくなかったような複雑な気持ちでいると、薫がさっさと声をかけに行ってしまう。


「こんばんは。薫、和華」


相変わらず、というか昨日が初対面なんだけど、綺麗に笑う人だ。

ひらりと手を振られて、会釈を返す。


「何しに来たんですか?」


「やだな。用がないと来ちゃダメ?」


「用がないなら来るような距離じゃないですよね」


たとえば、まおちゃんがそれを言うのならわたしも別に気にしない。

だけど、篠田さんがここに来るに電車代も時間もかなりかかる。

連絡先は知っているのだから、用があればそっちで済ませたらいい。

わざわざここに赴くほどの理由があるとは思えなかった。


じっと見つめ合って対峙していることが苦になる相手ではないけど、話があるならはやく切り出してほしい。

笑みを浮かべたまま、黙っていられると困る。

薫は人の邪魔にならない駅の建物の壁に寄ってわたしのスマホを触っているし。

ちらっと薫を見た視線を追いかけたらしく、篠田さんが声を出して笑う。


「あれ、和華のスマホじゃないの」


「うん。でも、ちょっとだけ共用」


「見られて困るものとかない? 画像とか、メッセージのやり取りとか」


「ない、と思う」


もし、万が一、見られたくないようなものを薫が見てしまったとして。

薫はそれをわたしには報告しないと思う。

だから、実際のところどうなのかはわからない。


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