きっともう好きじゃない。
「いいの? 本当にもらっても」
「いいんです。なるべく遠くにって、ちょっと分かるから」
見知らぬ人には渡せないものだから、篠田さんがここへ来てくれたこと、実はちょっとだけ都合が良かったかもしれない。
「ありがとうな」
「いえ、こちらこそ。帰ったら薫と分けて食べます」
「それ、ふたつとも食べられないようにね」
「わたしもそれ少し心配しました」
ふたり揃って薫の方を見遣れば、スマホに目を落としていたはずの薫がタイミングが良いのか悪いのか顔を上げた。
こんな噂話をしているとは思わずに、話が終わったと思ったのか、スマホを持ったままこちらに近寄る。
「なにそれ」
そばに来てようやく、お互いの手に持つものに気付いたらしい。
ビニール袋と小さな箱と。
普段なら関連性なんてないと思うだろうけど、今日という日がバレンタインなこともあって、わたしと篠田さんを見比べる薫に笑ってしまった。
「じゃあ、俺次の電車で帰るから」
「あ、はい。ありがとうございました。気をつけて」
「ううん、こちらこそありがとう。またな、和華、薫」
本当は、ずっとメッセージを無視して結局ここまで来たことを多少は咎めるつもりだったんだけど、何も言えなかった。
ひらりと手を振って改札の向こうに消えていく篠田さんを見送り、薫に向き直る。
「ごめんね、待たせちゃって。マフィンもらったから後で食べよう」
「姉ちゃん、本当にあの人、それだけのために来たと思う?」
「そんなわけない、って言いたいけど。たぶん本当にこれだけだよ」
理由が理由だったから、他の用件なんて疑いもしなかった。
ちょっと、え? それだけ? とは思ったけど。
わたしのはまおちゃんのために用意していたものだけど、篠田さんのはきっと他にも色んな人が同じものを受け取っているはずだから。
陽日さんからもらえなかったという理由でこれを渡すのなら、陸上部でもらったという何かも置いて帰ると思ったのに。
もしかしてこれ、買ったものじゃなくて誰かにもらったもの?
嘘を吐いているのはまおちゃんだけ、と言った手前、昨日の今日で篠田さんがわたしを憚るとは思えないし、考えたくない。
まおちゃんにそんな風習があるのか聞いてみるのがいちばん手っ取り早いんだけど、今は無理だ。
それからまおちゃんに聞いても陽日さんに聞いても問われるだろうけど、なんでそれを知っているのかって言われたときに篠田さんの名前は出せない。