きみのひだまりになりたい
大丈夫。わたしは、大丈夫。なんともない。
そう脳内で自己暗示すると、かえって頬の赤みが濃くなる。わかってる。うそは逆効果だ。わかってるよ。だけど抵抗したくなってしまうんだ。
たったひとつのうそに、またひとつ、ふたつ、うそが上書きされていく。消せないし、あとに引けない。もどかしくてたまらない。
今日に限って浴衣。はあ、ツイてない。帯がきつくて、胃のあたりがむかむかしてくる。今すぐ脱ぎたいけど、我慢だ我慢。露出狂になるくらいなら、この熱と戦ったほうが断然いい。がんばれ、わたし。
ポタリ。腫れた頬を何かがはじいた。生ぬるく、濡れた感触がする。おそるおそる見上げると、ポタリ、とまったく同じ感触が伝った。視界がかすんでいく。熱のせい、だけではない。
雨だ。雨が、降り始めた。
とことんツイてない。降水確率60%が、ここにきて当たるとは。予想しているわけがないじゃないか。
最悪だ。東屋の屋根はあってないようなもの。雨漏りがひどいってもんじゃない。手持ちでもいいから折りたたみ傘を持ってくればよかった。
木本くんも折りたたみ傘を持ってきていなかった。財布と携帯をポケットに入れて手ぶらでやって来た。今ごろ、突然の雨に焦っていることだろう。
風邪を引かないうちに、おうちに帰ってほしいな。この焼きそばは、わたしが責任もってなんとかする。今度会ったとき、代金も払うよ。後払いでよろしくね。
わたしのことは気にしないで。振り返らないで。さよならをしてくれていたなら。……した、だろうな。木本くんのことだ。手が離れたのを機に、別れを察したはずだ。あとはわたしが大丈夫になるだけで万事解決。オールオッケー。終わりよければすべてよし。それがいい。
今夜は、わたしも、待たないよ。