きみのひだまりになりたい


違和感。モヤモヤする。クラクラもする。頭が痛い。息が苦しい。考えるのをやめた。


とうとう頭を支えられなくなり、首をぐったりとたおした。懐中電灯のライトに照らされる。ひどい有り様だ。二階堂先生はあわててわたしの元に駆け寄りながら、大声を後方に飛ばした。




「いた! 田中を見つけたぞ、木本!」


「本当っすか!? やっぱここに……」




今度こそ、空耳だと思った。タン、タン、と階段を駆け足でのぼる靴音が、雨音に打ち消されていく。

あり得ない。あり得ちゃいけない。だって、ふたりきりは、終わりにした。まだ夜は明けてないよ。


なのに。なんで。どうして。


木本くん。




「おい! なあ! ……まひる!」




名前。それは、わたしの。

初めて呼んでくれた。あぁ、やっぱりこれ、幻聴じゃないかな。


木本くんはわたしのことをいつも「あんた」って実に他人行儀に呼ぶ。その呼び方もさしてきらいじゃなかったけど、待っていないときに限って現れて、名前呼びをするなんてあまりに都合がよすぎる。


それにしては、やけにリアルな幻だった。耳孔をさするその声も、肩を強くつかむその手も、さっきまで隣にあったものそのものだ。

だけど残念だな。そう名を紡ぐ意味が、その大きな手の温度が、わたしにはわからない。




「まひる! まひる!」


「田中、意識はあるか?」


「……っ、」


「ぎりあるってところっすかね。そうとうやばいみたいっす」




ふさぎかけた視界いっぱいに、木本くんが見えた。スニーカーを汚して、ずぶ濡れになって、つらそうにわたしの顔を覗きこんでいる。水もしたたるなんとやら、だね、と幻相手にからかいたくなる。


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