きみのひだまりになりたい


しわがれた声に呼び止められた。過ぎたばかりの職員室のほうへ首を回す。白髪に丸いメガネをかけた教頭が、そこにいた。


教頭は、今年で還暦を迎える。学校で一番のおじいちゃん先生だ。今では教鞭をとることはなくなったものの、長年生徒を見守り続けてきた。生徒思いなことで知られていて、ごくまれにカウンセラーの役割を担っていると聞く。


そんな教頭から直々に話しかけられた。初めてのことだ。何ごとだろう。ついさっきまで職員室で優雅にコーヒーをたしなんでいた人が、どうしてわざわざわたしに。




「えっと……教頭先生、わたしに何か……」


「二階堂先生は、生活指導を担当しています」


「え……あ、はい……」




これこそ、はい、そうですねとしか言えない会話だ。これは前置きか、本題か、つかめない。

わたしが大いに困惑しているのを見透かし、教頭は目を線にして微笑した。




「それゆえ指導に熱が入り、口を酸っぱくして注意してしまうのです。受け持っている教え子なら、なおのこと」


「……ええ、はい」


「言い方は少々きついかもしれませんが、何もあなたをきらって言っているのではありません。個性を重んじることも大切ですが、どうか、二階堂先生の考えもわかってあげてください」




アルファー波を発した声音は、朗々としていて、すっと耳に入っていく。胸の裏側でモヤモヤと湿気っていたものを、さらりと取っ払ってくれる。


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