きみのひだまりになりたい


丸メガネのレンズをへだて、教頭の双眼がわずかに瞠られた。しばし木本くんを見つめ、目尻にしわをつくっていく。木本くんが視線に気づくと、相も変わらないアルファー波に彼の名前を乗せた。




「木本くん」


「……はい」


「いい表情(カオ)をするようになりましたね。まだ完全に憑き物は落ちていないようですが……木本くんが元気そうで、安心しました」




ベテランカウンセラーの目は、ひとりひとりの変化をめざとく見抜いてしまうようだ。自分の顔をぺたぺた触り、真偽をたしかめようとする木本くんに、教頭は笑みを深めるばかりだった。


熱を持った湯飲みの中、夏風に揺らめいた水面に、茶柱が一本立っていた。





「教頭先生と面識あったの?」




なんとなしに問いかけた。


おすすめされた焼きそばの屋台は、味に定評があるらしく、案の定繁盛していた。香ばしいソースの匂いが、鉄板の上ではじかれ、白煙になびいていく。きゅるると腹の虫をかわいらしく鳴らしながら、列の最後尾についた。

前から数えて5番目。たった今、家族連れの客が2パック購入したことを確認し、先ほどの、教頭との会話を想起する。木本くんのことを前から知っていなければ、あんなふうに言えない。




「去年1回呼び出し食らっただけ」


「へえ。教頭先生から直々に?」


「ああ。どうせ担任か野球部の顧問に頼まれたんだろ」


「それで教頭先生のカウンセリング受けたんだ?」


「カウンセリングってほどじゃねぇよ。ちょっと茶を飲んで話して終わり」


「……でもさっき、教頭先生、木本くんのこと気にしてたね」


「…………」


「教頭先生、やさしいよね」


「……ああ、そうだな」



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