きみのひだまりになりたい
木本くん、まだかな。わたしが離れたときは、前に1人だけ並んでいた。そこでパックが売り切れたら、あとちょっと時間がかかりそう。
焼きそばの屋台のあるほうから煙が立つ。人の行き交う流れにつられ、右往左往しながらゆらりゆらりたゆたう。パステルピンクを見事にぼやかしたその煙から、背丈の高い人影が現れた。
おつかい帰りの、木本くんだ。
焼きそばひとつと割り箸ふたつを片手に、こちらに歩いてくる。
待ち時間が、0になる。
「木本く――」
空に満ちた雲をかっさらい、高らかに風を切る。
そして。
――ドォォォン……!
大輪の花が散る。
往来の激しかった石畳の道で、ひとりまたひとりと足を止めた。頭上を仰ぎ、夏祭りのメインイベントである風物詩に釘付けになった。わあっと歓声が上がる。月も星もない夜空は、とうに花火の独壇場だ。
木本くんも立ち止まっていた。
花火? ううん、ちがう。だって……空を見上げていない。
迫力ある爆発音にびくともせず、あの黒い瞳はある一点を刺していた。おそるおそる視線をたどっていく。その先にあったのは、鳥居の前で向かい合う男女の姿。遠くて見えづらいけれど、わたしには覚えのない他人だった。
視線を戻すと、色彩豊かな閃光を浴びた横顔がよく見えた。みるみる歪み、血色をなくしていく。涙が出ていないのがふしぎなほどに、悲愴感に打ちひしがれていた。
木本くん。
ねぇ。やだ。
木本くん。
ねぇ。待って。
朱里。ねぇ。ここに。
わたし、が、
と
口に出そうとするが早いか、木本くんは走り出した。
花火に夢中になった群衆をかき分け、鳥居から、わたしから、ひたすらに遠ざかっていく。成人男性の肩にぶつかり、めかしこんだ女児にびくつかれ、敷石の凹凸にこけ……それでも長い手足は振り動かされる。
逃げて、逃げて、逃げて……逃げても逃げきれないと悟ってもなお、独りを選んで隠そうとする。逃げることにいくら慣れても、苦しいことに変わりはないはずなのに。