闇に溺れた天使にキスを。
これは問い詰められるかもしれないと思っていたけれど、お兄ちゃんはなぜか驚いたように大きく見開いていた。
「……お兄ちゃん?」
小刻みに震えているようにも見えるお兄ちゃんが、自分の口元を軽く手で隠して。
「未央、この男とどういう関係なんだ?」
そしてついに質問されてしまった。
ただ私が想像していたお兄ちゃんの様子とは違っていて。
落ち着いているようにも見える。
もっと我を失ったかのように迫られ、問い詰められると思っていたから調子が狂ってしまう。
「あ、いや…」
「正直に教えてほしい」
真剣な声で話すお兄ちゃん。
私の前ではいつも明るい分、落ち着きのある姿が余計に私を戸惑わせた。
「……私、その、彼氏ができて……この人が、相手なの」
そのため、素直に話してしまう自分がいて。
「…………」
けれどお兄ちゃんは黙ってしまう。
そんなお兄ちゃんの反応が怖くて、つい俯いてしまった。
しばらく沈黙がふたりの間に流れる。
重い空気。
いったいお兄ちゃんはどう思っているのか、わからないでいたら───
「……あー、くそ!俺のかわいい未央に彼氏ができたとか絶対に許さないからな!」
いつものように私を抱きしめるお兄ちゃん。
抱きしめ方も苦しく、いつも通りのお兄ちゃんの姿がそこにはあった。
「誰だその男、今度連れてこい!
悔しいぞ…俺の、俺の未央が他の男に侵されるなんて…」
「へ、変なこと言わないで!」
やっぱり想像していた通り、お兄ちゃんは取り乱してしまう。
きっと最初は信じられなくて、あのような反応になったのだろうと解釈した。
結局その後もお兄ちゃんに問い詰められ、本当に大変だった。
最終的に『俺は認めないぞ!』だなんて、父親が言うような言葉を放たれてお兄ちゃんは自分の部屋へと行ってしまい、話は終了した。
最後のほうは子供のように拗ねられてしまったけれど、仕方がない。
こうなることは初めからわかっていたことだ。
問題はここからどうお兄ちゃんを説得すればいいのか、だ。
どう考えても神田くんに会ってもらうということしか思いつかない。
きっと神田くんに会えば、すぐ認めてくれるだろう。
けれど会うまでの経緯が難しい気がして、私はため息をつくことしかできなかった。