闇に溺れた天使にキスを。
昨日のことがまた、脳内を駆け巡り。
「……うう」
恥ずかしい、無理だ。
神田くんを見つめるだなんて、今の私には難易度が高すぎる。
「やっと見てくれた」
今度は嬉しそうに目を細めて笑う彼。
「じゃ、もういい…?」
「ダーメ。じゃないとこの手、離さないよ」
この手、とはきっと私の顎に添えられている手のことだろう。
諦めてじっと神田くんを見つめる。
「うん、いい子。
やっぱり無理矢理だと気が引けるからね」
嘘つき。
絶対そんなこと考えてないに決まっている。
もちろんそんなこと、神田くん本人には言えないけれど。
何度も目を逸らしたくなる中、言葉通り私が見つめている間は本当に顎に添えられている手を離してくれた神田くん。
それでも密着状態は続き、駅に止まるたび彼とより距離が近くなる。
「苦しい?」
時折心配してくれる彼だったけれど。
「見つめるのが苦しい」
「……それは嬉しくない回答だね」
私の本音には耳を傾けてくれない。
さらっとかわされてしまう。
その上電車が大きく揺れると、ふらりとバランスを崩してしまい。
神田くんの胸元へ飛び込んでしまう始末。
その時ふと、ある考えが浮かんだ。
彼と見つめ合うくらいなら、いっそのことこのままの状態でいればいいんじゃないか。
もちろん電車の中でそれは大胆な行動だけれど。
恥ずかしい気持ちを天秤にかけてみれば、明らかにこっちのほうがいい。
ぎゅっと彼のシャツを掴み、胸元に顔を埋める。
同じ学校の生徒たちにバレてしまう恐れだってあるけれど。
毎日一緒に行っているのだ、もう多くの生徒たちには付き合っていると察せられている。
「……白野さんにしては大胆なことするね」
「駅に着いたら離れる…」
離されないよう、ぎゅっと彼のシャツを掴む。
そうすれば彼は諦めてくれたようで。
「いいよ、じゃあこのままで」
けれどその声に呆れた様子はなく、どこか嬉しそうにも聞こえた。