闇に溺れた天使にキスを。



少しだけ物足りないなと思いながらも、彼に身を預ける私。

結局優しい、触れるだけのキスで終わってしまった。


もちろんそれだけでも少し息は乱れ、ドキドキと鼓動が速まっていたけれど。


「やっぱり、ダメだな」


ふと神田くんが、ひとり言のように小さく何かを呟いた。

うまく聞き取れなくて、じっと彼を見つめる。


「ねぇ、白野さん」
「は、はい…」

「今日は帰らないとダメ?」
「え…」


少し寂しそうに揺れる瞳。
その言葉の意図が読めなくて、返答に困ってしまう。


「帰ってほしくない」
「……えっ、と」


どういうことだろう。

まだもう少しここにいてほしいって意味なのか、それとも───


「今日はずっと、俺のそばにいて。
白野さんを帰したくない」


私の背中に手をまわし、抱き寄せられる。
その力はいつもより強い気がした。


「神田くん…それって、泊まるってこと…?」


勘違いだったら恥ずかしいため、疑問形で彼に聞いてみる。


「うん、今日は泊まってほしい。
白野さんがいないと寂しいから」


そのギャップにキュンとしてしまい、良い意味で胸が苦しくなった。

もしかして神田くんは、案外寂しがり屋なのかもしれない。


「私がいないと寂しいの…?」
「うん。心に穴が空いたような気分になる」

「そ、そこまで…」


信じがたいけれど、神田くんが子供のように私をぎゅっとするから何も言えなくなる。


「だからお願い」

そんな甘えた声で言われたら、断るなんてできなくて。


けれど少しだけ、意地悪してみようかなと思ってしまう。

いつも意地悪ばかりされているから、少しだけ。

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