闇に溺れた天使にキスを。




『白野さん』


私の名前を呼ぶ時、いつも優しい彼の声音。


すぐ『かわいい』と言う褒め上手な人だし、『照れ顔が見たい』だなんて意地悪に笑う時だってある。



夏祭りの日だって、私を庇うようにして大怪我を負った彼。


それも全部、嘘?
本当に神田くんは、私のことなんて───



「……っ」


涙が目から溢れて、咄嗟に顔を背ける。



ダメだ、やっぱりこんなこと。
私はどうして忘れていたんだろうって。

確かに神田くんは私ではなく宮橋先生を庇い、優先した。


けれど本人から何も聞いていない。
私への言葉や行動全部、嘘だったとは一度も。



「ごめ…なさっ……」


目の前の彼に逃げたほうが楽になるだろう、救われるだろう。

けれどそれだと意味がないんだって。


「……信じたい…神田くんから直接聞くまで、私……」


首を何度も横に振って、逃げたらダメだと自分に言い聞かせる。

涙が止まらないでいる中、涼雅くんが小さく笑った気がした。


「…それなら良かった」
「……へ」

思わず顔を上げると、彼は安心したように笑っていて。


「あの話にはまだ続きがあるんだぜ」

さっきの誘いはまるでなかったかのように話す涼雅くんは、ソファにもたれる形へと戻る。


「誰にも気づかれずに暴力振るわれてる中、助けてくれたのは拓哉なんだ」


思い出すように、目を細めて話す涼雅くんの瞳はとても優しくて。


「拓哉だけが俺に気づいて、救ってくれた。
感謝してもしきれねぇよ」


それから涼雅くんがまた私のほうを向いて、少し口角をあげながら───



「拓哉のお前に対する気持ちは全部、本物だから」


はっきりとこう言い切ったんだ。

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