闇に溺れた天使にキスを。
それから家に帰ると、玄関にはすでにお兄ちゃんの靴が置いてあった。
「俺の未央ー!
今日はケーキ買ってきたから食べよう」
「わっ」
勢いよく私に抱きつくお兄ちゃんは、いつも通りの明るい姿で。
きっと無理をしているのだろうと思うと、胸が苦しくなった。
「それと今日はどっちも帰ってこないって」
「どっちも…?」
「父さんも母さんも」
なぜか嬉しそうに笑うお兄ちゃんに、引っかかるものがあった。
「最近ちょっと疲れてたからさ。ふたりの前で自分作るの。だから今日は休めるなと思って」
やっぱり、お兄ちゃんは無理していたんだ。
お父さんやお母さんの前では、いつものように私にくっつき呆れられるよう演じていた。
「……うん、ゆっくり休もう」
「……未央?」
「お兄ちゃんはひとりじゃないよ。
妹の私がいるもん」
「……でも、俺たちは血が繋がってなくて」
「血が繋がってなくても私の唯一のお兄ちゃんだよ」
その事実には何ら変わりない。
「未央……ありがとう」
お兄ちゃんは一瞬瞳を揺るがせたかと思うと、私をきつく抱きしめた。
けれどそれはほんの数秒で、すぐ私から離れてまた笑顔を浮かべる。
「じゃあケーキ食べよう!
未央はチョコレートケーキだぞ」
「ほんと…!?」
チョコレートケーキはスイーツの中で一番好きなため、思わずテンションが上がってしまう。
「だから早く食べよう」
「うん!待ってね、すぐ着替えてくる」
私は急いで服を着替え、手洗いうがいをする。