闇に溺れた天使にキスを。
「……いちいち腹立つ言い方するんだな」
「別にどうでもいいから、早く白野さんを返してくれる?」
その言葉に対して、私は何度も首を横に振り神田くんにダメだと訴える。
だって、お兄ちゃんの手には拳銃がある。
それを神田くんが気づいていないはずがない。
それなのにその場にいるのは危険で、逃げてほしいと願うけれど。
神田くんは私と目が合うなり、いつもの優しい笑顔を浮かべてくれた。
その笑みにいつもは安心するはずなのに、今は怖くて。
だってもしかしたら死んでしまうかもしれないのに。
そんなの嫌だ、考えられない。
私を捨ててくれていいから、せめて生きててほしいと思った。
けれど───
「未央は俺のものなんだ、誰がお前になんかやるか。
いいからお前は黙って俺に撃たれてとけばいいんだよ」
「……へぇ、それなら好きなように撃てばいいよ」
目を細めて笑う神田くんの笑顔は、思わず見惚れてしまうほど綺麗で。
すべてを吹っ切っているような笑顔で。
本当に怖かった。
神田くんは死ぬ気でここに来たんじゃないかと思ったから。
そうじゃないとこんな笑顔できない。
今だけはこの笑顔や感情が作ったものであってほしいと思った、願った。
「でも母さんを殺した時みたいに間髪入れず撃つより、俺の場合はゆっくりじわじわと痛めつけて殺したいだろう?」
冷静な声が響く。
その言葉を理解するのに時間を要してしまう私に対し、お兄ちゃんは小馬鹿にするように笑った。
どういう、こと───?
「人聞きの悪い。俺がお前の母親を殺したわけじゃねぇのに。ただ“指図”しただけ。
でもお前自身も殺すよう指示しなかったことが心底悔やまれる」
「う、嘘だ!」
「……未央、どうした?」
「嘘だ、嘘…だって、お兄ちゃんがそんなこと……まだ子供なのに」
確か神田くんが小学三年の時に、彼のお母さんは殺されたんだと言っていた。
つまりその時お兄ちゃんはまだ小学五年で、そんな人を殺せと指図できるような年頃じゃ───
「俺の母親は苦しめられて自殺したのに、あいつの母親は幸せそうに暮らしてるとか許せるわけないだろ?
それに生き残った奴らは全員、子供の俺にもひどく崇拝する人間だったんだ。“殺せ”と言えば素直に従ったよ」
まるで悪魔のような笑い。
神田くんのお母さんの命を奪い、彼の感情を奪ったのは───
今までずっと一緒に過ごしていた、お兄ちゃんだというの……?